真言寺通信

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道心おのずから道を開く

道心おのずから道を開く、道心なければ道を得ず食を得ず。唯野良犬の如く食を求めさ迷い歩く。禽獣の性を常として畜生道に落ちる。生業を正して悪業を離れ、清浄な食を得て身を安んずる、正命とはこのことを言う。菩提心を基として生業に勤しむこれを正命とい...
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律義に明るく、知恵あり、

律義に明るく、知恵あり、定心を常として、己の三業を修める。彼は阿羅漢と呼ばれる。人々の尊敬を集めて、徳を施すもの、応供とも呼ばれる。この世の乱れの中で一筋の光明である。帰依僧、僧伽に帰依し奉る。阿羅漢に帰依し奉る。大阿羅漢とその末裔たる阿羅...
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真実を語ることは

真実を語ることは大地に大いなる根を張る種を撒くことである。良く熟慮された言葉は己の人生の支えであり、人々の光となる。虚妄なる言葉は虚しく消えゆく、その言葉と共にその人の人生も消えゆく。言葉を制せよ、言葉に惑うな、多くを語り真実の実を含まない...
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人生は実に短く、

人生は実に短く、多くのことをなす時間がない。無常にして迅速に時は過ぎゆく。己の行いの詰まるところ、身の行いと口業と意業とが己である。それ清き人は幸いである。彼は悟りと涅槃を得る。人はこの世の争いの中で不安故に策を巡らせてその身の安寧を得よう...
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人の思考は幾重にも巻かれた蚕の糸のように

人の思考は幾重にも巻かれた蚕の糸のように果てしない因果の鎖に縛られている。人の行動もしかりである。この鎖から解き放されることは実に至難の技である。仏陀はその法に於いて解脱を成し遂げる道を説いた。己の存在の精緻な分析と、その働きと、そこに起き...
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良く整えられた己を依る辺として生きる。

良く整えられた己を依る辺として生きる。何物にも犯されない豊かな知性こそ己を守るもの、豊かな感性こそダルマを映す鏡。仏の道はその中にある。己の行いにこそ涅槃の道がある。悪因悪果、善因善果、善縁を積み重ねて涅槃に至る。己の善を求めて修学し、善を...
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人は燃え盛る火の中を逃げ惑うかのごとき人生を送る。

人は燃え盛る火の中を逃げ惑うかのごとき人生を送る。不確かさとわずかな希望と深い絶望の中で日々を過ごす。この身は孤独と絶望と満たされぬ思いの源。この身の重き事、身を支えるに足を踏ん張り歯を食い縛り、人生の細き道を歩く。生の終わりにその死が来る...
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仏陀の道は絶えず。

仏陀の道は絶えず。祖祖の川として流れ来る。釈迦牟尼仏の遺言に自燈明、法燈明の二法がある。実に八万四千の法門これあるはひとえにこの遺言のゆえである。如是我聞の四文字は仏弟子の覚悟と知恵の言葉である。行者の知恵とそれに映し出される仏陀の法がここ...
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己の霊性と知性を信じ、

己の霊性と知性を信じ、思索と瞑想の時を過ごす。如何なる障害も、天与に与えられた人の知性はこれを超え得ると信じて生きる。彼は仏陀の弟子である。仏の知性と同じものを我は持つと深く信じて修行する、彼は仏の弟子である。燃えるような求道心を持ち、輝く...
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豊穣の大地によき種を播き、

豊穣の大地によき種を播き、よく育て、よき実をつける。悪を止め、善を行い、人々の安楽を願う。実に徳ある生活に勤しむ人はよき種をまく人である。如何なる現象もその原因なくして起こることはない。阿頼耶識の大地に撒いた種が萌芽したものである。良き農夫...